環境教育の予算額、17年間横ばい

岩手県紫波町には、北上川に注ぐ滝名川が流れる。7月上旬、その河原に紫波第三中の3年生30人の声が響いた。

 「でっかいオタマジャクシ見つけたぞ」

 引率していたのは、理科の授業を担当する吉池真教諭(35)だ。だが、この授業には別の目的もあった。川に暮らす生物の種類や数を調べることでその川の水質を判定するという環境庁の「全国水生生物調査」も請け負っていた。

 サワガニ、カワゲラなど30種類の指標生物の種類と数によって、水質を4段階に分ける。そのことを通じて子どもたちに水辺に親しみ、生活排水への意識を高めてもらうのが目的だ。

 同校がこの事業に参加したのは、11年前。岩手県から町役場を通じて来た調査依頼の文書がきっかけだった。「子どもたちにとって、川にすむ虫で水質を判断するという方法は、意外だったようです。肉眼で見て、透明か濁っているかという発想しかなかったんですね。評判は上々です」と佐藤正春校長(54)は話す。

 地方に住む子どもたちですら、親に危険だなどと言われ、ほとんど川で遊ばなくなっているといわれる。ヘビトンボやゲンジボタルといった水生生物を見たことがない小中学生も増えているという。実際に川に入って生物を手にとる授業は物珍しく映るのだろう。

 埼玉県川口市も10年前から、この事業に参加している。やはり県から誘いがあり、中学の科学部などに声をかけた。年1回、小中学生が川でいろんな生物の様子を確認する。「あのきれいな川は忘れられない」。市役所には、10年も前に参加した子どもから、こんな声が寄せられるという。

 この事業は16年前から始まった。以来、予算額は横ばいで、今年度は約120万円。例年、参加者に配られる水質判定のガイドブックや水生生物の写真を焼き付けた下敷きなどの費用に充てられた。今年は、ガイドブックを改訂したため、正規の予算では足りず他の調査費を「流用」したという。

 参加する子どもたちは年々増え、昨年度は約5万9000人になった。「隣の学校でやっているんだけど、うちもやりたい」と環境庁に直接問い合わせが来ることもあるという。

 120万円で5万9000人の環境教育ができるわけだから、「予算効率」は悪くない。環境庁の小沢典夫水質管理課長は「本当は全国の結果を参加者にフィードバックする必要があるのでしょうが、予算要求しづらい。やっぱり、河川のダイオキシン調査のような緊急の事業が優先されますからね」と話す。

 だが、現場には違う声がある。紫波第三中の吉池先生は「全国の調査結果がもらえれば、授業にも使えるし、子どもたちの刺激にもなる」という。

 指標生物の検討委員長を務めた浦野紘平・横浜国立大工学部教授も「6万人近くに調査をさせておいて、データをフィードバックしないのはおかしい。膨大な蓄積データを解析してほしい。いずれも予算化すべきだ」と注文する。

 こうした声を受けて、水質管理課では、水質規制課が来年度概算要求に盛り込む「水環境情報システム開発」に、調査結果の解析費用を計上する案を検討している最中だという。

 もっとも、庁内の査定を担当する会計課の小林光課長は「120万円という(安い)予算があったとはちょっと驚きだ。ただ一般的に、新規事業のスペースを生むために、一度ついた予算を増やすことはほとんどしないんです」。

 この事業が拡大する見込みは薄そうだ。(佐藤陽)

 ○今年度、環境庁総額の1%未満

 「水生生物調査」のような事業は予算書のなかでは、「環境教育関連事業」と呼ばれている。

環境庁の2000年度当初予算

 このなかには、小中学生が数人でチームをつくり自主研究などをする「こどもエコクラブ」▽子どもたちがレンジャー(自然保護官)の活動に参加する「子どもパークレンジャー」▽環境保全活動について助言する「環境カウンセラー」の登録――なども盛り込まれている=グラフ参照。

 すべて合わせると、今年度当初予算で9億2300万円。環境庁の予算総額982億円の0.9%にあたる。

 これが多いのか、少ないのか――。環境教育の総元締め役である環境保全活動推進室の松村隆室長は「子どものころに受けた記憶は、いつまでも残るものだ。将来への先行投資と考えればもう少し予算がついてもいいという気もする」と言う。

 環境庁の予算を施策分野で見ると、最も多いのが水俣病患者の救済など「公害補償・予防」で266億円。トキなど希少野生動植物の保護や自然公園の整備など「自然保全」に219億円、「化学物質」と「地球温暖化」に、それぞれ106億円が投じられた。大都市での自動車排ガス対策には21億円がついている。

 2001年から「省」に格上げされるための170億円という予算が目を引く。機構改革や定員増に向けた経費だという。

 2001年度予算の編成が、そろそろ本格化してきた。新たな世紀を迎えるというのに、国の財政は大きな借金にまみれ、予算のつくりもたいして代わり映えしていないようだ。私たちが払った税金や保険料は、ちゃんと使われているのだろうか。4回にわたって、身の回りの予算を考えてみた。

<2000年8月21日朝日新聞紙面より>

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